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2009/08/03

KIP090803「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学37」

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 2009年08月03日(月)   第2749号
 日刊! 関西インターネットプレス
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■本日のコラム「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学37」
        運命を変えた猫のいたずら
 月曜日月イチ担当:フリーライター 鳴川 和代

みなさまこんにちは。鳴川です。源氏物語「若菜上」、クライマックスに
近づいてきました。物語はいよいよドラマチックに展開します。というこ
とで今回もおつきあい、よろしくお願いいたします。

■明石入道の物語

女三の宮の降嫁、光源氏の四十の賀など、お祝い事が続いた光源氏の一族
に、もう一つおめでたいことが続きました。明石の君が生んだ娘は身分の
高い紫の上に育てられた後、東宮に入内し女御になっていましたが、身ご
もって里帰り中です。この当時、東宮は数え年15歳で中学生ぐらい。明石
女御は13歳。いまなら、11歳10カ月程度ですから、ちょうど小学校6年生
ぐらいです。さすがに当時としても幼いため、周囲の心配も一通りではあ
りませんでした。

明石女御が出産したのは3月10日過ぎ。加持祈祷の甲斐があったのか安産
で、健康な男の子が生まれました。時の権力者・光源氏の孫にして東宮の
子。だれにも文句の付けられない身分の皇子の誕生です。おそらく次代の
東宮はこの子でしょう。光源氏は帝の外戚という立場をも手に入れられる
状況になりました。

明石女御が出産したことは、遠く離れた明石の入道にも知らされました。
明石入道は明石の君とその母・尼君が都に上るとき、弟子たちとともに明
石に残ったのでした。そのとき、おそらく尼君も入道も、今生の別れだと
は思っていたでしょう。でも、手紙のやりとりができ、わずかながらもコ
ミュニケーションがあったため、まだ救いがあったのかもしれません。

男児の誕生を知った明石入道から、明石の君に手紙が届けられました。そ
こには明石の君が生まれる前、入道が見た夢が書かれていました。一族か
ら帝と皇后が出ることを暗示した夢です。その直後に母の胎内に宿ったの
が、明石の君でした。大臣の子だったのに、受領に落ちぶれて明石に都落
ちしていた入道でしたが、ただこのことだけをひと筋に願って生きてきた
のでした。そのため、明石の君には高貴な人との結婚を望み、光源氏を婿
にしたのです。

こうして心願が成就したいま、明石入道は草庵を出て山へ入ると手紙には
ありました。それは世を捨てるだけではなく、命を捨てるという意味でも
あります。いままでは遠く離れていても生きていてくれていたから、まだ
安心感がありました。でも、この手紙は真の別れの手紙です。明石の君も
尼君も涙の川に流されそう。もちろん、明石女御も光源氏もこの手紙を読
み、女御はいままでぼんやりとしか知らなかった自分の出自を知りました。
光源氏も自分が明石の君と結ばれた意味を知った思いでした。

この明石入道の手紙は、源氏物語の中でも胸に迫る場面の一つです。いま
まではちょっと道化的な存在でもあった明石入道はぐっと存在感を増して
退場していきました。

■御簾の向こうに立つ人は…

さて、光源氏たちがこうしている間、一人の男が密かな思いに身を焦がし
ていました。それは太政大臣(もとの頭中将)の長男、柏木。いまは右衛
門督という役職に就いていますが、ここでは柏木、という呼び名で統一し
ておきましょう。

以前、女三の宮の婿選びの際、ちらりと登場したことがありますが、ご記
憶でしょうか。柏木は以前から身分の高い妻がほしいと願い、女三の宮の
結婚の際にもその意思を示していたのに、結局女三の宮は光源氏の妻に
なってしまい、残念に思っていました。それでもあきらめきれず、女三の
宮の乳母子で、男女関係にあった小侍従という女房から女三の宮の様子を
聞いたりして慰めにしていました(この小侍従との関係は男女関係ではあ
りますが、身分の違いもあり、結婚を前提としない軽い関係だと考えてく
ださい)。

小侍従からは女三の宮が紫の上に押されていることや、光源氏の扱いもい
まひとつ、といったようなことも聞かされます。その度に柏木は、「自分
ならそんな思いはさせないのに」「光源氏が出家したら、そのときは…」
などと女三の宮を思い続けているのでした。

そんなある日、六條院に蛍兵部卿宮や柏木、夕霧などの公達が集まる日が
ありました。ちょうど桜の時期です。することもなくて退屈な光源氏は、
自分のいる春の町に彼らを呼び寄せ、蹴鞠をさせることになりました。時
は春、桜に夕日が映えて美しい場面です。

蹴鞠は当時としてはカジュアルで、不作法な遊びとされていましたが、当
代一、二を競うような貴公子たちがこれに興じている様子はなかなかの見
ものです。そうなると女子たちは気もそぞろ。みんな御簾のそばまで出て
きて、それぞれに貴公子たちの様子を見物しています。「やっぱり柏木
様ってステキ!」「夕霧様にはかないませんわ」なんて口々に言っていた
のかもしれません。このあたり、イケメンスポーツ選手に熱狂する現代の
若い女性たちと何ら変わらないと思っていいでしょう。

ゲーム途中、夕霧と柏木は階段に腰を下ろしてこの様子を眺めていました。
そのとき、女三の宮の飼う小さな唐猫が大きな猫に追いかけられて、御簾
の端から走り出してきました。さらに悪いことに猫の首に付けられたひも
が御簾を引っかけ、中が見えるぐらいに引き上げてしまったのです。女房
たちはオロオロして、これに気がつきません。

柏木はそこに袿姿で立っている人の姿を見てしまいました。紅梅重ねの上
に桜重ねの細長と呼ばれる衣装を着て立っている人は髪が長く、ほっそり
と小柄でとても可憐です。これには夕霧も気がついたので、咳払いをする
とこの人は中に入っていきました。「あの方に違いない!」柏木の胸は締
め付けられるようです。当時、夫や親兄弟以外には姿を見せてはいけない
とされた高貴な女性。その姿を垣間見ることができたのですから。はじめ
て見た女三の宮の姿に心奪われ、この日から柏木の恋心はつのる一方。

女三の宮としては姿を見られたのは偶然のアクシデントでした。でも、彼
女には大きな失敗がありました。それは端近なところで「立っていた」こ
と。当時、女性は座っていたり、寝そべっているのが常でした。移動する
ときも膝行し、立って歩くなんてとんでもない不作法なことだったのです。
なのに、外から見えそうなところで立っていた不作法でたしなみのない女
三の宮。それに気づかず、恋心をつのらせた柏木も、この先に待っている
不幸にはまだ気がついていません。


【プロフィール】
鳴川 和代/なるかわ かずよ
大阪在住のライター。フリーランス。
手がける分野は生活一般から情報通信、医療関係まで多彩ですが、
個人的にテーマにしているのは「個人情報保護」と「源氏物語」。
脈絡なく並んでいますが、いずれもライフワークと考えとります。
近畿地方もようやく梅雨が明けました。これからやっと夏らしく
なるのでしょうか。暑さも続きすぎるとうんざりですが、ことしは
もう少し夏が盛り上がってほしいですね。

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